今月の法話 令和5年の法話

今月の法話(令和5年3月)

 

法華経(ほけきょう)(しん)ずる(ひと)(ふゆ)のごとし。(ふゆ)(かなら)(はる)となる。

『妙一尼御前御消息』建治元年5月。聖祖54歳(1231頁)

法華経(ほけきょう)(しん)ずる(ひと)(ふゆ)のごとし。


 妙一尼は、鎌倉に在住し、夫とともに、法華経と日蓮大聖人さまへの純粋な信仰を生涯に亘って貫いた女性です。六老僧の日昭聖人の母であるとの説もあります。また、龍口法難の際、大聖人さまにぼた餅を供養したことで知られる「桟敷(さじき)の女房」と同一人物であるとも言われます。大聖人さまが佐渡に流罪となった際や身延への入山の折、身辺の世話をする従者を送り、大聖人さまをお支えしたと伝えられています。

妙一尼の夫は、法華信仰に徹したことが起因して、主家から所領を召し上げられてしまいます。そして、大聖人さまの佐渡配流中に、亡くなってしまいました。

 上の聖文は、夫亡き後、幼な子たちを育てながら、懸命に信心を守り通す妙一尼への励ましの御手紙の一節です。

 「法華経を信ずる人は冬のごとし。冬は必ず春となる。いまだ昔よりきかず、み(見)ず、冬の秋とかへれる事を。いまだきかず、法華経を信ずる人の凡夫となる事を。経文には『若有聞法者、無一不成佛』ととかれて候。()聖霊は法華経に命をすててをはしき。わづかの身命をさゝい(支)しところを法華経のゆへにめされ(召)しは命をすつるにあらずや。」

 法華経を信じる人は冬のようなものです。冬は必ず春になります。冬が秋に逆戻りしたなどということは、見たことも聞いたこともありません。そのように、法華経を信ずる人が成佛しないで凡夫のままでいるというようなことは、聞いたことがありません(あなたの夫君も必ず成佛しています)。法華経の方便品には「もし法華経を聞いた者は、一人として成佛しないことがない」と説かれています。亡き夫君は、法華経のために命を捨てられました。細々と命を支えるだけの所領を、法華経のために召し上げられたのですから、法華経に殉じたのと同じです。

表題の聖文は「冬は必ず春となる」の方に注目が行きがちですが、ここでは、むしろ「法華経を信ずる人は冬のごとし」のお言葉の方に着目してみましょう。人生には、苦難がつきものです。法華経を信仰している人は、なおさらです。法華経を信仰する人は、正直に、嘘偽り無く、誤魔化さず、自分よりも他人のために生きる人ですから、苦労を背負うのです。冬のように。

 正しい生き方は、決して裏切りません。苦しいからと言って、真実に背いて、うまく世の中を渡ったとしても、真実を欺すことは出来ません。それが本物でないことは、御本佛がご存じです。

私たちが厳しい冬をどう過ごすか。御本佛は、必ずその姿を見ておられます。正しく冬を生きた人には、必ず春が訪れます。

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