当世の諸人は設ひ賢人上人なんどいわるゝ人々も、妄語せざる時はありとも、妄語をせざる日はあるべからず。
『顕謗法鈔』弘長2年。聖祖41歳。638頁
妄語
『顕謗法鈔』は、ご流罪の地・伊豆の伊東より、門下一同にお与えになられた御書です。「八大地獄」すなわち等活地獄、黒縄地獄、衆合地獄、叫喚地獄、大叫喚地獄、焦熱地獄、大焦熱地獄、大阿鼻地獄(=無間地獄)のそれぞれの様相と、堕地獄の因果を示され、最悪の地獄である無間地獄に落ちる業因は「五逆罪」と「誹謗正法」の二つであること、そして、それらの罪をどうしたら滅罪することができるのかについて説かれています。
上に掲げた文は、大叫喚地獄についての説示の一節です。第五番目の地獄である大叫喚地獄は、殺生・偸盗・邪婬・飲酒の重罪に加えて妄語の罪を犯した者が堕ちるとされます。そこで、このように説かれるのですが、更に日蓮大聖人さまは、「設ひ日はありとも月はあるべからず。設ひ月はありとも、年はあるべからず。設ひ年はありとも、一期生妄語せざる者はあるべからず。若ししからば当世の諸人一人もこの地獄をまぬがれがたきか。」と畳み掛けられます。
時、日、月、年、一生、妄語しない者、嘘をつかない者はいない。だから、皆、地獄に堕ちるぞと。
上述の通り、「五逆罪」(父・母・阿羅漢を殺すこと、僧団を分裂させること、仏の身体を傷つけること)と「誹謗正法」が無間地獄に堕ちる最悪の行いであり、妄語はそれに比べて罪が軽いと言えば軽いのですが、五逆や殺生、偸盗などよりも遙かに日常的な悪業である故でもありましょうか。察するに、日蓮大聖人さまは、さぞ、嘘がお嫌いだったのでしょう。
ところが、本当に地獄に堕ちると思っている者は一人もいない、と大聖人さまは仰います。地獄に堕ちる悪業を犯しても、仏さまを拝んだり、何か善根(善い行い)を積んだりすれば、「自分はこのような善根を持っているので地獄に堕ちることはない」と高を括って地獄を恐れない。仏菩薩を心底からは信仰していない。
悪いことをしてしまっても、信仰をし、善根を積めば大丈夫、と聖徒団でも教えています。確かに、お題目信仰に徹すれば、定業もまたよく転じて三悪七難を離れることができる、のではありますけれども、だからと言って、悪いことをしてもイイ、のではありません。
「悪口、両舌、妄語、綺語をもてあそび」(「懺悔文」)は、くれぐれも慎みたいものです。
お題目の信仰は、全てからお救いくださいます。しかし、悪業を積んでしまってから、その罪を解消するよりも、先ず悪業を積まないようにしたいものです。