首導月訓 平成31年の月訓

年頭所感(平成31年1月)

※1月号の首導月訓は休載のため、年頭所感を掲載します。

平成31年 謹賀新年

お題目の信心を貫き善報多き一年に

大野山本遠寺に晋山する髙佐日瑞首導

日蓮宗霊断師会相伝宗主
日蓮宗聖徒団首導
本山大野山本遠寺貫首
髙佐日瑞

明けましておめでとうございます。

平成31年の年頭に当たり、全国の聖徒各位、ならびに霊断師各聖の、本年のご多幸と、各聖徒団のますますの隆昌を心よりお祈り申し上げます。

さて、本紙本号の別掲記事の通り、本山大野山本遠寺第六十六世の法燈を継承し、昨年11月27日、晋山式を挙行させていただきました。

本遠寺については、本紙平成28年2月号に、題目信仰者の鑑と申すべき養珠院お萬の方の記事を掲載した際にも、ご紹介したところでございます(その頃は、小衲が晋山するとは夢にも思いませんでした)けれども、日重聖人、日乾聖人とともに日蓮宗の中興「重・乾・遠の三師」と尊称せられる身延山第二十二世心性院日遠聖人が、お萬の方の帰依により開かれたお山でございます。

日蓮大聖人さまのご真骨、ご真蹟大曼荼羅本尊三幅を格護しているほか、本堂、鐘楼堂が国の重要文化財に指定され、日遠聖人、お萬の方の墓所をお守りするなど、貫首となった私が申し上げるのは憚られますけれども、まさに名刹でございます。

4月の身延大会の際には、聖徒団の皆さまのために特別開帳を企画しておりますので、振るってご参詣くださいますよう、この場を借りてご案内申し上げます。

さて、慶長法難の際、幕府の命に背いた日遠聖人が磔刑にされんとしたのに対し、お萬の方が殉死の覚悟を示されたために家康公が赦免、日遠聖人は身延山を退かれ、退隠した大野の地にお萬の方が本遠寺を寄進された、というのが大野山の縁起でございます。

厭離穢土欣求浄土(おんりえどごんぐじょうど)」の馬印を家康公が用いたように、徳川家は浄土宗であると思われており、慶長法難でも、日蓮宗憎しで家康公が浄土宗に加担した、と考えられている向きがありますが、実は、家康公その人も法華信仰者であったことは、かつて「首導月訓」でも申し上げたところです。

聖徒団総本部である幸龍寺は、浜松城主であった家康公を実質的な開基とする祈願寺として、浜松城下に開創されました。家康公がご加護を得て駿府に栄進した時には、幸龍寺は駿府に移されます。そして、更に躍進して江戸城に入るや、幸龍寺もまた江戸浅草の地に移転しました。家康公は終生、法華経による祈願を怠らなかったのです。

近年、祭祀後継の関係で、複数の仏壇を拝することになっている方が増えております。聖徒の皆さんの中にも、日蓮宗以外の仏壇も拝んでおられる方がいらっしゃることでしょう。 お萬の方のような信仰は誰もが(たも)てるものではありません。家康公のようにで良いのです。いえ、それとて相当の難事です。要は、お題目から離れず、その信を貫くことです。そうすれば全てが開会(かいえ)され、生かされて参ります。そうすれば、必ずご本仏のご加護を得られます。

この一年が、お題目のご信心に貫かれ、善報多きものとなることをご祈念申し上げ、新年のご挨拶といたします。

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