今、本時の娑婆世界は、三災を離れ四劫を出でたる常住の浄土なり。佛既に過去にも滅せず未来にも生せず、所化以て同体なり。此れ即ち己心の三千具足の三種の世間なり。
『如来滅後五五百歳始観心本尊鈔』
文永10年(1273) 聖祖52歳作 全:p988 定:1巻p712
娑婆世界
文化は向上し、人智は進歩しています。しかし、この地球世界は一向に平和ではありません。東西対立が終わろうとするかと思ったら、新たな文明の衝突が始まっているかのようです。全人類を滅亡に至らしめ得る核弾頭は、未だに超大国に保有され続けています。人類の文明は、過去において常に戦備に優先的に利用されてきました。各民族は往々にして殺戮を以て相まみえてきたのであり、戦災の惨禍は遥かに天災を凌駕しています。
道徳は文明国の指針として尊重され、大いに鼓吹されてはいます。宗教も安心立命の要諦として尊重され、敬虔なる信仰は失われていません。しかし、現実の世界の様相は、闘争に明け暮れ、宗教や道徳は、その大義とされてすらいます。
上の聖文は、四十五字法体段と称され、日蓮大聖人さまの教えの根幹要諦とされてきました。しかしその言は、明らかに現実に矛盾しています。間違っているのは人類でしょうか、それとも日蓮大聖人さまでしょうか。私たち日蓮門下は真剣に考えなければなりません。観念の遊戯は遠く過去のものとなりました。日蓮佛教の今後の成否は、観心本尊鈔四十五字法体段の科学的な論証と現実的な会通とに懸かっているといって過言ではありません。
結論から申し上げます。日蓮大聖人さまは断じて間違っていません。しかし、人類の実情も上の通りです。四十五字の法体は、地球及び全人類の本質です。人類の現状は、本質開拓の過程なのです。悠久の進化は、人類発生以来の文化史の経過を以て、即断することを許しません。光明は常に私たちの頭上に輝いています。私たち日蓮門下は、大いなる信力を奮い起こし、聖教の実現に努力しなくてはなりません。
残念ながら、日蓮門下の現状は、決して褒められたものではありません。教学は変質衰退し、僧侶の多くは名門利養の徒に堕しています。霊断師会・聖徒団の教勢も沈滞しています。これではいけません。四十五字の法体を現実のものとする以外に、人類が真の幸福を手にする道はありません。そのためには、同心同行の人を一人でも増やすことです。迂遠なようですが、それが一番の近道です。私たちが立ち上がらなければならないのです。