◆倶生霊神符を着帯し、九識霊断法の指導を受けて、霊験を頂戴する。これは不思議だと思い、何とありがたいことかと感じる。信心する気持ちになって、お題目を熱心に唱えるようになる。誠に貴いことであるが、この状態はまだ本当の信仰とは言えない。少し躓きごとがあったり、心配ごとが思うようにならなかったりすると、疑いを起こして動揺しがちである。
◆人間は誰でも宿命を背負っている。過去世の宿業のしからしむるところであるから、今世で急に宿命のワクの外に出ることは難しい。あたかも鉄道がレールの上を走る以外には進みようがないが如くである。それを自己判断で勝手な方向に外れようとするから苦労が起きる。
◆天地の森羅万象は、ことごとく道理に従って成り立っている。これも宿命の最大の約束ごとであるから、道理に従って生きるより他に道は無い。そのように、人間の自由にならない条件の中に生きていることを忘れるから、種々の躓きが起こるのである。
◆物事に失敗した時、他人を恨んではならない。必ず自分に不合理の過ちがあることを反省すべきである。難病に罹った時、天を怨んではならない。きっと自分に無道の行いがあったことを懺悔すべきである。反省と懺悔のない祈りは真の信心ではない。それでは加護も得られないのである。
◆禍いにあった時は、心を落ち着けて祈るべし。我に過ちあらば許し給え、常に正しき道を歩む心を授け給え。この祈りありてこそ、真の信心である。かくして神仏は霊験を垂れ給い、災いを転じて福を与え給うのである。